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オザケンとの出会い

小沢健二

オザケン」の最初の記憶はどれだったかはわからない。

はっきりと覚えているものを書いていく。

 

まずは1994年12月11日に放送されたHEY!HEY!HEY!

「一浪したけど、塾は行かないで東大に行った」というエピソードや、ダウンタウンへの生意気な態度を覚えている。

その日は「ラブリー」を歌ったらしいがそこよりトークの印象が強かった。

ラブリーについてはなんだかずっと同じメロディを歌い続けてしつこい曲だなという印象は残っている。

 

次は年が明けて1995年の2月頃。

当時小学6年だった私は学校で卒業制作の様なものを作っていた。

仲の良い友人とプリントをノリで貼って厚紙に綴じていく作業をしていた。

授業も終了しており、私語に塗れての作業。

その時何故か廊下でオザケンの話をした。

友人と「『カローラⅡ』以外どんな歌出してるの?」と会話した記憶が鮮明にある。

カローラⅡについては童謡の様なものととらえていて、とてもつまらない歌だと思っていた。

後に知ることとなる大人の事情などは全く知らないのだから仕方がない。

 

一つの転機は1995年の冬休み。

中学1年の私は一学年上の従兄とゲームをしていた。

「CD買いに行くぞ」

そう言われ近くのCDショップに向かった。

小学生の頃からオリコンランキングベスト10に入る曲は大抵無条件で買い、チェックをしていた。

何か買いたくない要素がない限りは。

 

従兄は「小沢健二広瀬香美どっちがいいと思う?」と聞いた。

ランキングに入り、尚且つファッションが格好良い(一般的小中学生目線ではあるが)アーティストを好む傾向があった。

その価値観から彼の提案をはかるとどっちもなしだった。

安室奈美恵にしなよぐらいは言ったかもしれない。

 

結果、彼はオザケンを買う。

「痛快ウキウキ通り」。

 

相当疑問を感じた。

 

小沢!?オザケン!?ランキングだっていつも10位いけばいい方じゃんか

納得いかない この人はこういうところあるのだよな。。。

 

家に帰りゲームを再開する。

そして従兄は痛快ウキウキ通りをCDラジカセに入れ、リピートボタンを押した。

 

苦痛の時間が始まる。

と、思っていた。

しかし彼の癖のある声とポップなメロディは癖になった。

こんないい曲作る人なのか。とそこで初めて思った。

 

「ふにゃふにゃへらへらしていて、女みたいで気持ちが悪い」

いしだ壱成武田真治にも感じてたもの。

それはまだ消えていなかった。

 

オザケン狂になるのはもう少し先のお話。